立川志らく師匠のツイッターまとめ 落語論

以前私に演劇論を語ってきた若手の役者、それから人間としての生き方を否定してきた若手演出家がいたが、威勢があっていいのであるがいずれもキャリアが五年未満。その時思った。落語界の方が健全だと。五年未満じゃまだ前座。前座が師匠クラスに落語論をぶつけてきたりしたら張り倒される。

昔、立川流のとある前座がこう言った。現在、「狸の札」を分解しているんです。おい、分解する前にきちんと覚えろ!ちゃんと喋れるようになれ!若い役者にもそれを言いたい。映画監督の若手でもいる。自分を表現したい!その前に面白い映画をとれ!

よく若手者が自分探しの旅に出るなんていう。自分なんかあるものか。何にもないのを若さというのです。何にもないから探しに行くのなら分かるが。若いうちは馬鹿だと思った方がいい。馬鹿でも夢中になって怖いもの知らずでぶつかるからそれが経験となる。はは、落語家が若者論を語るなんて野暮だ。

つまり若い役者でも落語家でも自信満々で表現するから駄目。上手い人でも自信満々の芸は嫌味になる。下手が自信満々にやると見ていられない。自信と怯えが共存している人の芸を良い芸という。そのバランス。自信が僅かばかり上回っていればよい。


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